ものがたりが始まる

成瀬望の「八百屋barものがたり」と鹿野暮らし通信

「八日目の蝉」は記憶に刻まれる。





アマゾン



映画が大ヒットしているそうですが、
僕もこの間、劇場で見てきました。

大変すばらしかったので、原作も買って読みました。



誘拐犯の女が実の母より母親らしかったという悲劇。
小豆島の美しさと温かい疑似家族と、
事件後の生活のギャップが深いインスピレーションをくれる。


全ての蝉が死んだあとに生き残った八日目の蝉。
孤独でも生きる意味を見つけて欲しいし、
蝉がいないなら蟻や鈴虫や雀とか
他の生き物達の中で
生きることによって幸せになってほしい。


影の薄い男のキーマン2人の“自由奔放さ”も、
とても示唆的。




この映画を見てまっさきに思い出したのは、
「帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件」河合 香織

これはノンフィクションのルポルタージュだが、
誘拐された少女が警察に保護された際に、
「帰りたくない」と言ったという実際の事件を
丹念に追いかけて取材したもの。

あとがきは、角田光代


家族に問題を抱える登場人物達。

饒舌に事件を語る誘拐犯のおじさん。

誰かに必要とされること。

親子の問題。

男と女。

性。

「八日目の蝉」と比べると、
大変にグロテスクな“現実”だが、
これも奇妙に胸の中に残る物語。


逆に言うと、「八日目の蝉」は
登場人物が女性ばかりで男の存在が非常に薄く描かれていたため、
恋愛、性という視点がほとんど描かれないことで、
より「家族」というテーマに
はっきりと焦点があたった内容となっていたと思う。




家族は離れられない。
家族じゃなくても人と人は離れられない。
心は受け止めたことを忘れることがない。


心の奥底に沈殿した記憶と一緒に、
力強く、生きる。




それにしても、映画の小豆島の景色は綺麗だった。
登場人物達の風景と心が重なり合って見えた。


風景にも、記憶は宿るんだな。




.