ものがたりが始まる

成瀬望の「八百屋barものがたり」と鹿野暮らし通信

障害のある男の子の恋と奇跡

忘れられない記憶があります。
小学校高学年ぐらいのことです。
近所の病院の待合室で座っていると、
同じ小学校の下級生の男の子が、
お母さんと一緒に入り口から病院に入ってきました。
彼は脳機能に障害があって、養護学級に通っている男の子でした。
2人は僕の向かい側の椅子に腰かけ、何か話していましたが、
僕は特に気にしていませんでした。

しばらくして突然、「ぼく、好きな子がいる」という
男の子の声が聞こえてきて、僕は思わず顔をあげてしまいました。
お母さんが「クラスの女の子?」と聞くと、
うん、○○さんと答えた男の子の顔が少し赤くなっていて、
恥ずかしそうな様子をしていました。
僕は驚きました。
彼にそんな感覚があったことに。
学校の廊下で自分から服を全部脱いでしまったり、
トイレのドアを開けっ放しで大の方をしている彼を見たことのある僕は、
彼には羞恥心もなければ、恋心という感覚もないのだろうと、
勝手に思い込んでしまっていたのです。

同時に、胸にせつないものを感じました。
彼の好きだった女の子は、
クラスでも割と人気のあるようなタイプの子だったと思います。
各学年ひとクラスしかない小さな学校だったので、
わりと他の学年のこともしっていたのです。
彼の恋はきっと叶わないかもしれない。
普通の人よりも何十倍も難しいであろう彼の恋の行方。

そのとき僕は、世の中は広いから、どこかに
彼のような男の子を一生けんめい愛してくれる
素敵な美しい女の子がいるはずだ。
世界はそのようであるべきだ、と思いました。

彼の恋のその後は知りませんが、それ以来、
僕は友達や誰か会話のなかで、
「アイツに彼女は出来んやろう」とか
「彼氏とかアイツじゃ無理でしょ」なんて
言葉が聞こえてくるたびに、
「そんなことない。どっかにいるよ、そういう人を好きになる人が」
と言うようになりました。
心の中では、
(いや、そうでないと困る)
と思いながら。

“奇跡”があるから世界はおもしろいんだろう?
自分自身も、思いもかけない人を好きになったりする人生を楽しもう。
いろんな人に興味を持てるような好奇心のある人間になろう。
と、彼のことを思い出すと、
当時の自分が現在の自分に語りかけてくるような、
そんな気がします。

どんな人にも、世界のどこかにその人を愛してくれる人がいて欲しい。


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