ものがたりが始まる

今日の成瀬望

恋から始まる進路学。寺山修司との出会い。 「物語は終わってしまっても、海は終わらない」



受験勉強なんてスポーツだ。
そんな考えで高校受験をした僕は、合格したとたんに目標がなくなってしまいました。
せっかく入ったのだから、1年ぐらいはまじめにがんばろうと思い、成績は中の上ぐらい、部活は剣道部でした。
剣道部は男子と女子の中がとてもいい楽しそうな部活として校内で有名な部で、僕はうっかりとても高校生活をエンジョイしてしまいました。
新しい友達、かわいい女の子達、新しい仲間たち、新しい生活。


僕は小説やノンフィクションの本をたくさん読んでいる中学生だったのですが、高校は「この現実世界」を楽しもうと、本をほとんど読まなくなりました。
中学3年のときに好きだった女の子に振られたショックで、内省的になる本はもう読みたくないといった思いもありました。
そんなとき、夏休みの図書館をぶらぶらしていたときに、ふと出逢ったのが寺山修司の童話と詩でした。


当時好きだった寺山修司の童話と詩から12個の言葉を下に紹介します。






○初恋の人が忘れられなかったら


かくれんぼは
悲しいあそびです


少年の日に
暗い納屋の藁の上で
わたしの愛からかくれていった
ひとりの少女を
見出せないままで
一年たちました
二年たちました
三年たちました
四年たちました
五年たちました
六年たちました
七年たちました
八年たちました
九年たちました


わたしは一生かかって
かくれんぼの鬼です
お嫁ももらいません
手鏡にうつる遠い日の
夕焼空に向かって
もういいかい?
と呼びかけながら
しずかに老いてゆくでしょう








○十五歳



ある朝
ぼくは思った
ぼくに愛せないひとなんてあるだろうか


だが
ある朝
ぼくは思った
ぼくに愛せるひとなんているだろうか

ぼくの
書きかけの詩のなかで
巣のひばりがとび立とうとしている


日は
いつも曇っているのに







○ 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり




○ 君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために




○ わが夏をあこがれのみが駈け去れり麦藁帽子被りて眠る




○ 少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに




○ 知恵のみがもたらせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱








木という字を一つ書きました
一本じゃかわいそうだから
と思ってもう一本ならべると
林という字になりました
淋しいという字をじっと見ていると
二本の木が
なぜ涙ぐんでいるのか
よくわかる
ほんとに愛しはじめたときにだけ
淋しさが訪れるのです







○海が好きだったら



水に何を書きのこすことが
できるだろうか
たぶん何を書いても
すぐ消えてしまうことだろう


だが


私は水に書く詩人である
私は水に愛を書く


たとえ
水に書いた詩が消えてしまっても
海に来るたびに
愛を思い出せるように








物語は終わってしまっても
海は終わらない









一人の少年が
海にふれたいと思った


だが 彼がふれることのできたのは
ただの
塩水にすぎなかった







○翼について



鳥はとぶとき
つばさでとぶが
あなたはとぶとき
何でとぶのですか?


私は暮れやすいビルの
いちばん高い場所に立って考える
アランの「幸福論」でとべるか?
モーツァルトのジュピターで
とべるか?
あの人の
愛でとべますか?
はるかな夕焼けに向かって
両手をひろげると
私はいつでも
かなしくなってしまうのです








中学3年の受験前、僕はとても好きな女の子がいました。
山田かまちの本を読んで影響を受けていた僕は、いまを精一杯生きたいという気持ちが強くあったので、勉強もやるからには全力。女の子を好きになったんだったら、それも全力。というスタンスでした。
話しかけたり、本やカセットテープを貸したり、放課後一緒に帰ろうと誘ったりとか、思いつくことは色々してみましたが、その恋愛は結局ダメになってしまったのです。全力だったぶん、高校生になって新しい生活を送りながらも、ずっと僕は、好きだった女の子とうまくいかなかった理由は何だったのか、何度もリピートして考えていました。


寺山修司の童話に出てくる言葉や詩は、そんな僕の心にしみわたり、一人の女性を好きだった素晴らしい気持ちをずっと忘れないでいようと思わせてくれました。そして同時に、強い自分になりたいと思わせてくれたのです。


恋の物語は終わってしまっても、思い出は終わらない。


自分を変えよう。将来、人生をふりかえったときに、ああ俺の人生が変わったのは、あの恋愛がきっかけだったんだと、思い出せるように、いまを人生のターニングポイントにしよう。
あのAさんに恋した気持ちが、自分の人生の中で大きな意味を持てば、ある意味「Aさんとの恋は終わらない」だろう、と考えたのです。


寺山修司の言葉のセンスに感動した僕は、やがて「書を捨てよ、町へ出よう」と「家出のすすめ」という寺山修司の代表作と言える本を読みます。
その2冊が僕の進路に決定的な影響を与えたのです。