3.11
読んでよかった。こういう人、こういう声、知れてよかった。 / 【あの日から7年】福島のリアルを伝え続けたテレビマンは、なぜ村職員になったのか? 「東京マスコミ」との戦いの果てに… (BuzzFeed) #NewsPicks https://t.co/aFQLaueF3R
— 成瀬望📪 (@nozomunaruse) 2018年3月10日
今年の3月11日は、震災に関するいくつかのニュースを読み、園子温監督の映画「希望の国」をパソコンで観た。
妻の作ったフレンチトーストを食べ、息子りっくんと公園で遊んだ。
個人個人が判断をしなくてはいけなくなり、「前へならえ」が通用しなくなった社会の辛さの頂点があの震災の時にあったと思う。
震災当時、僕は東京で、英語を習っていたイギリス人の先生が「日本はもっと大きな災害に遭わないと変わらない」と、ものすごいブラックな例えをしていたけど、震災のことをいつまでも忘れずに、震災前と震災後で世の中が変わっていくように、考え続け、自分の人生にそれをちゃんと投影し続けないとと思う。
放射能の危険をひたすら訴えた人、その人を非難した人。
「自主規制」という張り紙があり、桜の花見客が誰もいなかったこと。
東京を出ていく人に「逃げるのか?」と言った人と言われた人。
同調が得意な僕ら日本人が「分断」を経験した大きな体験だったと思う。
その分断を忘れないようにしたい。
また、とくに大きな「人と人同士の分断」が起きたであろう東北は、お互いの誠実な理解のもと、分断された人同士が再び手をつなげる平和な社会が実現していっていると期待したい。
また東北に行って観光もしたい。